あの時、母に出来なかった親孝行を 鶯地 隆大 アンパス東大阪

自分では何もできない。目の当たりにした、母の姿

鶯地 隆大 写真

僕が、介護の仕事に就こうと決断したきっかけは、高校3年生のとき、僕の母ががんで亡くなったことにあります。母が亡くなる4年前の中学2年生のとき、母は、突然がんを宣告されました。「5年生存率は87%ですから、大丈夫です。絶対に助かりますよ 。」最初の頃、医師からはそのような心強い説明を受けていたので、僕達家族はすっかり安心しきっていました。

しかし、自分が高校生になり、しばらくたったある日、母の容態が急に悪化しました。病院で検査をしてみると、がんが脳に転移していることが発覚したのです。日に日に動けなくなる母。悪化するなかで、抗がん剤治療が開始されました。この時点で余命もあまり長くは期待できないとのことだったため、母の意向も尊重し、自宅で療養することになりました。

僕が初めて介護の現場を見たのは、そのときのことでした。しかし、その現場にいるのは、弱りゆく自分の母親。今まで当たり前のようにできていたことさえ、できなくなっていく母を目の当たりにしたことが、高校生の自分にとって非常にショックでした。 夜中に本人の意志に反して、母の体がびくびくと急に動くこともありました。僕はどう対応したらいいのか皆目見当もつかず、ただただ見ていることしかできませんでした。「自分では何もできない。」そんな歯がゆさを感じて無力感に苛まれたのを、今でも覚えています。

母の最期から、芽生える介護への思い

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母が自宅療養をすることになってから、自宅には社会福祉士の人にターミナルケア(終末期の看護)に来ていただいていました。自分が、母に対して何も介助できていないということもあって、社会福祉士の方がどう対応しているのか興味津々でした。福祉、介護に対する興味がより一層芽生えたのはその頃のことです。高校の選択授業でも「福祉セミナー」の授業を履修し、障害者施設での実習も経験しました。

「自分もあの社会福祉士さんのようになれたら。」

当時は介護というよりは福祉全般を勉強したいとの思いから、福祉系の大学に進学することを選びました。

あの時、母に出来なかった親孝行を多くの人に届けたい

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僕は母の看病に対して、「自分の親なのに全然大事にできていなかった」と後悔しています。「自分の母に親孝行できなかったから、他の人に対して当時の自分が出来なかったことをしてあげたい。そうすることで、天国の母に喜んでもらえるかな。」それが今、僕が介護士として働く上での原動力になっています。

そもそも母ががんになっていなかったら、福祉系の大学に行くこともなかったかもしれませんし、介護士として就職することもなかったかもしれません。今の自分がやりがいをもって働けているのは、母のおかげでもあると思っています。

「あんたがいると、本当に嬉しいわ」

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この仕事のやりがいは、ご利用者の方に感謝されることが本当に多いことです。自分としては、別に特別なことをしている意識はありません。ただ単に、目の前の利用者さんのために、与えられた仕事を一つ一つしているだけなのです。僕が休みだった次の日、あるご利用者の方が「あんたがいると、本当に嬉しいわ。明日も来てくれるんか。」と言ってくださいました。そういった感謝をされる時に、「この仕事に就いていてよかった」と感じます。ただ丁寧に仕事をしていくことで、ご利用者の方から感謝していただける。それがこの仕事だからこそ味わえる醍醐味だと思っています。

まだまだ未熟。求めてくれる利用者さんのために

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一方で、介護の現場では要領のよさが求められる場面も多くあります。しかし、僕はまだ介護士として働き始めて1年も経っておらず、まだまだ仕事を手際よくこなすことができていません。「もっと別の方法で介助したほうがよかったかな。」そう思うことも多々あり、悔しい思いをすることもあります。

たとえば以前、入浴介助の誘導担当になったとき、うまく利用者さんを介助できず、場の流れを止めてしまったことがありました。そうなると、次の利用者さんに待ってもらわないといけないし、他の職員の手も止めてしまう。自分の仕事の不手際がみんなに大きな影響を与えることを、身を持って実感しました。「他の皆さんに申し訳ない。」次こそは失敗しないと心に決めて、日々仕事に取り組むようにしています。

まだまだ失敗は多いですが、介護の仕事をやめたいと思ったことはありません。この仕事は夜勤もあるので、仕事中、眠たいと思ってしまうこともあります。重労働に、体に鞭を打ちながら働くことがないわけでもありません。しかし、「辛いからと言ってへこたれていたら、この先やっていけない」というプライドでしょうか。大変でもやめようとは思ったことはありません。ご利用者の方が必要としてくれている。それだけで、勝手に身体が動いてしまうのです。

利用者さんのニーズを、もっと汲み取れるようになりたい

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この半年間での一番大きな成長は、実践の技術が身についたことです。最初の頃は、大学で学んだ知識とほんの少しの実習経験しかありませんでした。しかし、半年間のあいだに色々な経験をして、なんとか一人でもある程度仕事ができるようになってきたかと感じます。しかし、まだ身につけなければならないことは沢山あります。特に、もっと上手くコミュニケーションを取れるようになることが次の自分の課題です。言葉を発することできない方、寝たきりの方、様々なご利用者の方が、様々なニーズを抱えていらっしゃいます。私は経験が乏しい分、そのニーズをまだ想像でしか理解することができていません。たとえば食事のとき、ご自身の思いをあまり伝えられないご利用者の方に関して、「本当はもうお腹いっぱいなのかな。」「もっと食べたいけど、もっと時間をかけてほしいのだろうか。」どこまで介助したらよいのかわからず、こちら側のペースを強要してしまうこともあります。介護職として、一番求められるのはご利用者の方の個性を引き出すこと。相手のニーズをうまく感じ取ることで、ご利用者の方に本当に喜ばれる仕事ができるようになりたいと思っています。

いつの日か、自分で理想の施設を

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まだまだ未熟な僕ですが、いつか、自分で理想の介護施設を作りたいという将来の夢があります。まだ具体的なイメージがあるわけでは全くありませんが、「いつか自分で施設を作る。」それぐらいの気持ちで、向上心を持って仕事に取り組み、一日も早く成長していきたいと思っています。

そして、僕のいるアンパス東大阪では、こんな僕の夢を応援してくださり、いつも丁寧に指導してくださるスタッフの皆さんがいます。ぜひ、アンパス東大阪のことを多くの方に知ってほしいと思います。

MyHoliday

休みの日は、常に外出しています。仕事の疲れも残っていることもありますが、せっかくの休日、どこかに遊びに行こうと出かけています。自然を見て癒やされるのが好きなので、先日は友人と車で少し遠出をして、京都の嵯峨野に紅葉を見に行ってきました。
人が多くて大変でしたが、トロッコ列車にも乗ることができました。保津川沿いを走る車窓から見た嵐山の紅葉の風景は本当に素晴らしく、気持ちがすっきりとリフレッシュしました!

※2015年01月23日現在の情報です